喜びや広さの信心

信心するものが、喜ばない、つらい顔をして日を過ごしてはならない。天地の親神を信心するのであるから、天地のような広い心にならなければならない。

天地は語る112

信心をする、というと、厳しい修行をしたり、なにか難しい悟りを開いていくようなイメージがありますが、

私が金光教の信心のイメージでもっているのは、上記のみ教えのような、喜びや広さ、です。

私たち一人ひとりが神様からわけていただいた神心をもっており、

信心するにつれて、神心があらわれてくる。

じゃあ、神様のお心ってどんなものだろう?

それはとてもとても広いこの天地のようなものなのではないでしょうか。

天地は広いのに、自分の心で信心を狭くしてしまわないようにしないといけないな、

と思うこの頃です。