信心にアハ体験を

最近、全然別業種の仕事のお手伝いをするようになったのですが、ミーティングに参加しても分からない言葉が多くて毎回頭に冷や汗をかいています😂

参加されている方々は、その言葉がもつ意味や、業界の前提の仕組みを知っているから、それだけで話も通じているのだろうなぁと思いますが、私には本当にサッパリで…😅

そんなことを思ってみると、金光教の教話(きょうわ)でも同じなのかもしれませんね。

「おかげ」や「あいよかけよ」という金光教の言葉のもつ意味や、天地金乃神がいてくださる世界の前提、というものが共有されていないと、

「先生のお話を聞いても全然分からない😱」

ということは普通に起こりそうです😅

だからこそ、普段の生活の中でどれだけ自分の言葉として信心を語れるのか、がこれから大切になってくるなぁとも思っています😣

(ちなみに、以前は夫に信心のことや神様のことを、平易な言葉で伝えられるように頑張っていましたが、今は夫もその前提の世界観をもってくれているようなので、教内用語で通じることも多くなりました😂)

その仕事のお手伝いをしながら、分からない言葉が自分の身をもって理解できた時は、「アハ体験」のように、すごく大きな喜びが生まれているのを感じます🥰

信心も同じように、初めて触れる方々が、そうした信心のアハ体験をしてくれることを楽しみにして、

そして信心に触れてきた自分も毎日新鮮なアハ体験をさせてもらえるように、神様に心を向ける生活を忘れないでおきたいなぁ。

と感じさせていただきました🙏

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