忌穢れというけれど
昨日、去年使っていた足元ヒーターを引っ張り出してきて、使用し始めました😊
足元ぽかぽかで、ついつい、ウトウトとなってしまいますが、とっても幸せです😊
ある人が、門まで来ては帰り、何度も来たり帰ったりしているのを、集まっていた信者が見て、「金光様、あの人はどうしたのでしょうか、参りそうで参りませんが」と伺ったら、「あの人は、親が死んで忌(い)みの内であるからと思い、遠慮(えんりょ)して参れないのである。この道には忌み汚(けが)れはないから参ってもよいと言ってあげなさい」と仰せられた。
天地は語る339
私は子どもの頃から、こうした教えが身近にあり、忌み穢れというものはあまり気にせず生きてきました。
以前、亡くなられた方がある家に行ったときに、神だなに白布がはられていて、お参りしないのだということを聞いておどろいたことがあります。
逆に、家族がなくなって、すぐにお参りに来られて、今まで命をいただいてきたお礼と、御霊としての立ち行きを祈られる方もおられます。
どちらが正しいというわけではないけれど、私は、亡くなった後も神様のおかげの中に御霊として生きていくのだと思うと、
帰幽を通して、より神様に近づいていく信心をさせていただきたいなぁと、思うのです。
神様と仲良くなる信心。
これも金光教らしさだなぁと思わせていただきます。