三方よし

昨日の月例祭後の教話で榮子副教会長が、

「私たちは知らない間に思い込みを持って様々なものに縛られていることがある。教祖はその思い込みを打破してきたのだと思う」

というお話をしてくださいました💡

「日柄方角の吉凶も、それを守るだけでは足りず、結局神さまに対して何がご無礼になっているのか分からない。

だからこそ、どこまでも至らない自分を自覚し、神様に丁寧にお願いをさせていただくことが大事なのではないか。」

まだまだ日柄方角を見て物事を執り行う人達が多い江戸時代末期に、そういったことを発していったことは、確かに”打破”という言葉がふさわしいように思います😄

そこには、教祖が「何が本当に大事なことなのか」と、自身をも客観的においた視点で、形ではなく心のありようを大切にされていかれた姿があるように私は感じています😊

では、どんな心のありようを大切にすればいいんだろう???という疑問がわきあがってきますよね🤔

私がよく思い浮かぶ言葉は、近江商人の経営哲学の中にある『三方よし』という言葉です。

この三方よしについて面白い文を見つけたので、こちらに引用しておきます🔽

近江商人の経営哲学のひとつとして「三方よし」が広く知られている。「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる」という考え方だ。滋賀大学宇佐美名誉教授によれば、「『売り手によし、買い手によし、世間によし』を示す『三方よし』という表現は、近江商人の経営理念を表現するために後世に作られたものであるが、そのルーツは初代伊藤忠兵衛が近江商人の先達に対する尊敬の思いを込めて発した『商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの』という言葉にあると考えられる。」とのことである。

伊藤忠商事HPより抜粋

商売は菩薩の業(行)であり、御仏の心にかなうもの、とありますが、

これがそのままそっくり、信心の行であり、神様の心にかなうもの、ということに置き換えられるなぁと思い、面白いなぁと感じました😄

商売に限らず、人生の全てのことは信心の行であり、自分も相手も助かり、社会がより良いものになり、神様も喜ぶ。

そんな、三方どころか四方よしの心のありようが、金光教の信心の大切な心のありようではないかなぁと思います💡

なかなか、これを実践していくのも難しいのですが💦出来ないからこそ信心の稽古が必要で、日々新たに稽古させていただいていきたいですね😄

お知らせ

前の記事

2月を迎えました
雑記

次の記事

念は念でも