相手のためは自分のため
今日は香川の教会のお子さんに、吉備舞(きびまい)を教えに行ってきました😄
脇町から香川までの山道はうっすら雪化粧⛄
路面凍結まではなっておらず、無事に香川に着いたので本当に良かったです🙏💦
今年から、新しい曲である「木綿﨑の松」を練習し始めました。
なので、今日はずっと、動きを覚えるための通し練習となりました💡
私は記憶力があまり良くなく、一曲覚えるのにかなり時間がかかってしまうのですが、教える相手は小学生。
短い曲ではありましたが、たった一時間の練習で、最後の方はだいぶ自分で動きを覚えているようでした👀
「さすが、覚えが早い。スゴイなぁ。」と、羨ましくなります😂
今回の曲は、実は私にとっても今まで習ったことがない初めての曲だったので、事前に吉備舞の指導員をしている友人から教えてもらって、今日を迎えました💡
分からないところがある時に、こうしてすぐに聞くことができる友人がいるのは、本当に有難いなぁと思います😭🙏
また、こうしてお稽古を通して、自分も新しい曲を学ぶことができる上に、
人に教えるということは、自分が相手以上に練習をしておかないといけないので、それがまた自分の成長にもつながっているのだなぁと感じています。
『情けは人のためならず』ともいいますが、本当に、人のためにしたことは、巡り巡って、自分のためにもなるものだと実感させていただいています。
「人にはできるだけのことをしてあげ、人に物をやりたくてしかたがないという心を持ち、自分だけよいことをしたいというような心を持つな」と教えられ、また、「自分が困らず、さしあたりぜひ入用でなければ、何を人にやっても、人に食わせてもよい」と毎日のように言われ、またあの話かと思われるほど話しておられた。
金光教教典 理解ⅱ類 大西秀の伝え5
金光教の教祖は上記のような言葉を残してくださっていますが、
「人のためにできるだけのことをさせていただける」
「さらに、それを心から喜んでさせていただける」
そんなような人にならせていただけると、神様も喜んでくださるのだろうかなぁと思いました。
吉備舞のこともそうですが、自分の出来ることを、少しづつでも、続けさせていただけることが有難いです🙏